彼は、その席で報国会の最高幹部に申出た。「自分たちはどうも呉服屋さんや時計屋さんの仲間入りをして一緒に会を作つても、なんにもお役に立ちさうもないから、どこか適当な別の職域へ加へてもらふことにしたいと思ふ。ひとつ御詮議を願ひたい」
「まあまあ、そんなことを云はずに……」
 と、これがその返答であつた。
 彼は諦めかねて、誰彼をつかまへて、「いつたい理髪師は商人だらうか」と、詰問した。
「まあさうだらうね」
「だつて、君、なんにもこれといふものを売つてやしないぜ。たかが、クリームとローションの……」
「理窟はさうだけれども、お客に――毎度ありがたうと云ふぢやないか」
 彼は、憮然として家に戻り、折から来合せた客の一人に、鏡に映るその無精髭を生やした顔に話しかけた。
「旦那は理髪屋へいらしつて、いつたい、何をもつてお帰りになりますか」
「うむ……なんだらうな、まあ、好い気持ぐらゐのもんかな」
「それだ」
 と、彼は雀躍した。
「すると、ほかの商売に例へるとなんでせう」
「芸術家さ」
「芸術家?」
「彫刻家だよ」
「彫刻家?」
 しばらく、彼は考へた。
「しかし、旦那、彫刻家つていふのは
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