ことが一つである。
 これはいつたいどういふことかと云へば、さういふことを一番言つて欲しい人が、なかなかさういふことを言はぬから、まあ、自分あたりが、といふ面持でそれが語られてゐるからだと思ふ。
 もちろん自信がない筈はない。つまり、自信があることを意識しすぎてゐる者の、激しくはあるが、どこか頼りない調子が響いて来るのである。私はつくづく思ふ、その人の一と声で、青年の瞳が輝きだすやうな思想家を、隠れ家から今すぐに引き出さねばならぬ、と。
「代理」の声では青年はなかなか満足しない。そして、「代理」は、今や多きに失しやうとしてゐる。

     頼もしさ

 近頃、なにが一番私の心を惹くかと云へば、すべてなにによらず「頼もしい」ことである。人についてはむろんのこと、その人と無関係ではあり得ない、眼に触れ耳に聞く世の中の大小ありとあらゆる事象を通じて、私は屡々「これだ」と胸の中で叫びながら、同じ感動に快い瞬間を過すことがある。それが、この「頼もしい」といふ一点に知らず識らず私の好みが傾いてゐるのに気がついた時、凡そ、今は、誰でもさうではあるまいかといふ風に考へた。
 しかし、全国民がひとしく
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