医者がもう起す時分だと思ふ頃、その産婦は胸が痛むと云ひ出した。産婦の主人の希望で内科の医者が呼ばれた。医者二人の対診がはじまつた。
 内科医は、軽微な肋膜と診断した。しかし当分絶対安静を必要とする旨、厳かに宣告した。
 産科医は、当惑げに、産婦の経過から云へば、もう今日明日にも床上げをさせなければ、婦人科的に見て余病を起す惧れが多分にあるのだがと、説明した。
 内科医は、それはさうかも知れぬが、内科的に云へば、この容態では、なんとも致し方がない、と答へた。
 産科医は、それでは、極く静かに床の上に坐らせるぐらゐはどうか、と訊ねた。
 内科医は、それは貴下の御自由だが、自分には責任はもてぬ、といふ。そして、附け加へる。いつたい、これ以上寝てゐると、どこがどうなるか知らんが、あとはまたあとでなんとか処置があるだらう、と。
 産科医は、それがさう簡単にはいかんので、と曖昧に云ふ。
 これを側で聴いてゐる産婦とその主人とは、気が気ではない。
 この話を私にして聞かせた医者は、最後にかう言つた。
「そこで、その産婦のことはもう心配せんでいゝけれども、かういふことはだね、つまり、近頃の医者が、患者
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