へば云へるが、さうでないと云へば、さうでないとも云へる」
「お巡りさんとしての?」
 と、画家は念を押した。
「さうさ、警官として、行き倒れの命は救はんでいゝといふ法はない。君が握り飯を持つて来なかつたら、あいつ、助からなかつたよ」
 画家は始めてわかつたといふやうな顔をし、お巡りさんの真剣な眼差しに見入りながら、ふと、胸をつまらした。
「僕は絵かきで、ほかになんにもすることはないぢやないか」
 慰めるつもりで、画家は、呟いた。
「僕は警官だ。ねえ、人民の生命財産を保護するといふのが第一の勤めなんだ。僕は平生、神にさう誓つてゐながら……」
 お巡りさんが、いよいよくどくならうとするので、画家は、口笛を吹きだした。
 話はこれだけである。私は、もちろん、この画家は当り前の「人間」だと思ふ。しかし、お巡りさんは、当り前のお巡りさんでないばかりでなく、なかなかさうざらにはゐない「人物」だと思ふ。この方《はう》を実は美談の主として、私は推賞する所以である。

 この話は、もう一つの、ある医者から聞いた話に通じるところがありさうだから、これも序に紹介する。
 ある婦人がお産をして寝てゐた。産科の
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