。子供がそれをみつけて、いま駐在へ行つたんですつて……」
 お巡りさんは、話の腰を折られ、それでも元気をつけて起ち上つた。と、その姿が部屋から消えようとする時、画家は、お巡りさんの後ろから声をかけた。
「握り飯を持つてつたらどう?」
 お巡りさんは、そのまゝ、下駄をつつかけて、峠へと走つた。
 画家は、ぢつとしてゐられず、女中にさう云つて握り飯をこしらへさせ、それをつかんで、これも峠へ急いだ。
 翌日は朝から、お巡りさんが画家の部屋へ顔を出した。
「やつと送り出した。あゝあ、僕は、もう巡査は勤まらんと思つた」
「どうして?」
 と、画家は訊いた。
「どうしてつて、君にしてやられたからさ。握り飯といふ声はたしかに聞えたつもりだが、その時は、なんのことかわからなかつたよ。だつて、行き倒れの処置なんぞ始めてだからねえ。法規になんとあつたか、それを想ひ出しながら駈け出したんだもの。それでも、一所懸命なんだぜ、職務上、手落があつてはならんと思つて……」
 お巡りさんの、口惜しさうな、そして悄げ返つた様子を、画家は面白さうに眺めながら、
「だつて、立派に職責は尽したんだらう?」
「うむ、尽したと云
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