は考へられるところが面白い、と、私は思ふ。
 一念凝つて発する無気味な激しさと、生命を何ものとでも代へ得る気軽さとを、ほんたうに神聖な目的のために、われわれの独自の力としたいものである。
 時は昭和の御代である。幾千万といふ日本人が悉く「死」をもつて君恩に報い奉らうとしてゐるこのすがたは、米英のともがらにはしよせん想像もつくまい。

     理髪業

 ある地区で商業報国会の役員会が開かれ、警察の経済関係官から一場の訓示があつた。
 それはそれでよろしいのであるが、役員のうちに、理髪店を経営してゐる某といふものがゐて、訓示中、しきりに首をひねつてゐる。訓示が一向にぴんと来ないのである。それもその筈、訓示の要旨は、「物品を売買するもの」の戦時下の心構へについてであつたからである。
「理髪業は商業であらうか」といふ疑問が某の念頭にはじめて浮んだ。
「人間の髪の毛を刈るといふ仕事は、衛生上の必要と外容を整へる本能とを満足させる仕事であつて、一定の道具と技術とがありさへすれば立ち行く職である。してみると、これは整形外科医のそれとまつたく似たものである」と、気がついた。
 そこまではそれでいゝ。
 彼は、その席で報国会の最高幹部に申出た。「自分たちはどうも呉服屋さんや時計屋さんの仲間入りをして一緒に会を作つても、なんにもお役に立ちさうもないから、どこか適当な別の職域へ加へてもらふことにしたいと思ふ。ひとつ御詮議を願ひたい」
「まあまあ、そんなことを云はずに……」
 と、これがその返答であつた。
 彼は諦めかねて、誰彼をつかまへて、「いつたい理髪師は商人だらうか」と、詰問した。
「まあさうだらうね」
「だつて、君、なんにもこれといふものを売つてやしないぜ。たかが、クリームとローションの……」
「理窟はさうだけれども、お客に――毎度ありがたうと云ふぢやないか」
 彼は、憮然として家に戻り、折から来合せた客の一人に、鏡に映るその無精髭を生やした顔に話しかけた。
「旦那は理髪屋へいらしつて、いつたい、何をもつてお帰りになりますか」
「うむ……なんだらうな、まあ、好い気持ぐらゐのもんかな」
「それだ」
 と、彼は雀躍した。
「すると、ほかの商売に例へるとなんでせう」
「芸術家さ」
「芸術家?」
「彫刻家だよ」
「彫刻家?」
 しばらく、彼は考へた。
「しかし、旦那、彫刻家つていふのは
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