トゐる。その理由とするところは、「イプセンの有するものは悉く従来の仏蘭西文学中に存在したものであつて、今更彼の作品から何物も取入れる必要はない」といふのである。
 恐らく若いジェネレエションの熱狂を戒めて、彼一流の婉曲な認め方をしたものに相違ない。
 事実、イプセン的主題は、これを概念として見れば、その思想はダア※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ン以来既に「存在した」ものであり、イプセン的舞台技巧は、前にも述べた如く、スクリイブ以来の「うまく作られた芝居」に悉くその例を見出すと云つてもよく、また、「人物を生かす」才能に於ても、ミュッセとベックは既にその極致を示してゐるといふ風に云へるのである。しかしながら、イプセンは、今日から見ても、なほ且つ世界近代劇の最高峰と目さるべき理由があるのだ。それはつまり、平たく云へば、従来の天才的な仏蘭西劇作家が、個々に有つてゐたものを、彼は身一つに具へてゐたといふ驚くべき事実があるからである。しかも、これは決して、[#ここから横組み]1+1=2[#ここで横組み終わり]といふ公式を以てすら示すことのできない現象で、Aの特質とBの特質とが加はることによつ
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