ロですよ」

 老いたる母よ
 愛する妻よ、子らよ
 われは、一生、玉を突かじ。
 昨日までは
 膳に向へば
 茶碗や皿が赤玉白玉
 道を歩けば
 行きかふ男女が赤玉白玉
 空を仰げば
 輝く星が赤玉白玉
 そればかりか
 寝言にまで
「や、しまつた!」などゝ
 おろかにも口走り
 一も玉、二も玉、三も玉
 玉ならでは夜も明けね[#「夜も明けね」はママ]上気《のぼ》せかた
 それが、今日は
 玉ゴロの
 高が知れた棒先に
 まんまと翻弄され
 髭の手前
 怒れもせず、泣けもせず
 と云つて
 あつさり笑ふほど可笑しくもなし
「また、あすの晩」
 かう云つて外には出たが
 水溜りを
 除けて歩くのが
 妙に自尊心を傷けるやうで
 ジャブリ ジャブリ
 泥をこね返せば
 夜気
 そゞろに身にせまり
 壱円六拾銭
 人形でも買ふんだつたと
 ステッキを、やけに振る。



底本:「岸田國士全集20」岩波書店
   1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)
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