男女の、さまざまな姿が浮び、それが代る代る珍らしい踊りを踊つてゐました。
ふと、私は、後ろから聞えて来る微かな跫音に耳を聳てたのです。
それは彼女でした。彼女はそつと私に忍び寄らうとしてゐるのです。
あゝ、かういふと、もうそんな眼附をなさる!
私は、わざと驚いた振りをして見せました。彼女は、大声に笑ひながら駈け出しました。
さうさう、彼女は、この土地へ着く早々、しきりに退屈を訴へました。そして、土曜日の晩を待ち遠しがつてゐました。土曜の晩には、パリから、一晩泊りで彼女の夫が来る筈になつてゐるのです。
余談ですが、パリなどでは、夏になると、細君や子供を避暑地にやつて置いて、夫は、土曜日の晩から日曜へかけてそこへ出掛けて行く風習があります。土曜の午後、パリの各停車場には、さういふ夫たちを運ぶ汽車が準備されてある。これを俗に「亭主列車《トランドマリ》」と呼んでゐます。
彼女は、その「亭主列車《トランドマリ》」を待つてゐる細君の一人なのです。尤も、それを待ち暮さないやうな女なら、こんな淋しい土地へ一人で来るわけがないぢやありませんか。
そこで彼女は、大声で笑ひながら駈け出し
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