になると、松林を背にした宏壮な別荘――「プリムロオズ」と名のついたその別荘の前庭で、ナポレオンの血を享けてゐるといふ男装の美女が、葉巻をくゆらせながら、多くの紳士淑女に交つて、ゴルフなどをしてゐるのが見えました。

 或る月曜日の午後、一台の辻馬車が、私の泊つてゐるホテルの前に駐まりました。車を降りたのは、一目でパリからの客とわかりはしましたが、どつちかと云へば地味なつくりをした、二十二三の女でした。
 女は一人でした。

 さあ、話が面白くなりさうです。と云つて、あなた方の予想どほり、月並な小説的事件が起るわけではありません。
 彼女は三度三度食堂へ出て来ました。私は蒸肉の一と切れを自分の皿に盛りながら、いくらかの好奇心も手伝つて、彼女の住居などを尋ねました。
 三日たち、四日たち、風が一度吹き、雨が二度降りました。

 五日目の日が暮れかゝらうとする頃です。私は、例によつて、一人で、雨上りの砂浜を歩いてゐました。波が少し立つてゐました。何時になく疲れが早く出て、私は、とある岩角に腰を下ろしました。
 私の眼は、もう幻想を追つて、砂と水と空との間をさ迷つてゐました。そこには、見知らぬ
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