うたしか、大学へいらつしやる頃でございませうね。
夫人  あゝいふのにさへなつてくれなけれや……。
るい  なんでございますつて?
夫人  いゝえ、こつちのことよ。どら、あたしも一度東京へ帰つて、坊やの顔でもみて来ませう。
るい  ほんとに、時々はね。あちら様でもお淋しくつていらつしやいませう。
夫人  あなた、子供さんは?
るい  それが、わたくし、結婚つていふものを致しませんのです。これには、いろいろわけがございましてね。さきほども、あの御夫婦連れの、旦那様の方にお話しいたしましたんですけれど、わたくし、此処へ参りますまで、ずつと船へ乗つてをりましたもんですから……。
夫人  船へ? あゝ、道理で……。
るい  いえ、それがでございますよ。その船へは、あれで十六年でございますが、その前は、ある英国の方の御家庭に、ずつと御子様附をいたしてをりました。それが、十八の年からでございます。
夫人  でも、お嫁に行かうと思へば行けたでせうに……。
るい  さうは参りませんのですね。若い頃は、お嫁に行くなんてことを忘れてゐたんでございませうか、それに気がついた時は、もう、年を取り過ぎてをりまし
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