ことをしないのは、あんたが……」と云ひかけて、くすくすと笑ふだらうつていふ気がいたしますんです。なるほど、その先は、云はれなくつても、わかつてゐる筈でございます。それに気がつかないほど、わたくしも馬鹿ではございませんし、それには、正直な鏡つていふものもございます。いえ、それだけは、わたくしも承知してをりました。でも、そこは、奥さま、世の中で、自分が一番醜いと思ふ女はございますまい。自惚《うぬぼれ》でもなんでも、さうは思ひたくないのが人情でございませう。「よし、そんなら……」といふ気に、幾度なりましたか、しかし、それ以上に、自分でどうするといふ工夫がつかないんですから、しやうがございません。男の前へ出ますと、知らず知らず畏まつた調子になつてしまふんでございます。これでも、年を取るだけ取り、女だか男だかわからなくなりますと、もうそんなことは気に病《や》みませんけれど、その時分は、なんと云つても辛《つら》うございました。たまに男の方から、なんでもないお愛想を云つていたゞきますと、もう、それだけで、気持が浮き立つといふ情《なさ》けない状態が、あれでも、二年ほどは続きましたか……。丁度、その頃で
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