ますか、御主人の自慢になりますか、存じませんけれど、さういふわたくしは、まつたく仕合せだつたと申すんでございませう。お嬢さまが、大きくおなり遊ばす間に、自分も年を取ることを忘れてゐたくらゐでございますもの……。
夫人  (微かに笑ふ)
るい  はい?
夫人  いゝえ、なんにも……。
るい  さういふ風で、上のお嬢さまは、こちらで、ある外交官におかたづきになり、次の坊つちやまは、香港《ホンコン》の学校を卒業なすつて、そこの商館へお勤めになる……そして、最後に、わたくしのお附きしてをりましたカザリンさまが、いよいよお年頃におなり遊ばしたので、それを機会に、お国の御親戚へお預けになるといふことになりました。多分、御縁談の都合もおありになつたんだと存じます。それで、そのお国までのお伴《とも》を、わたくし、させていたゞきましたんです。このわたくしが、ひとりでそんな大役を仰せつかつたんでございますから、なんと申しますか、もう、自分のことなど構《かま》つてはをられません。四十幾日といふ船の中で、それこそ、夜もろくろく寝ずじまひでございました。私がマルセイユといふ港へ着き、そこへ倫敦《ロンドン》からの
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