の時分の、妙に、焦《い》ら焦《い》らした気持を、もつと、上手に、はつきり申上げたいんですけれど、なんですか、自分では可笑《をか》しくつて、口には出せません……。十六七から二十《はたち》頃までの、あの……憧れ……とか、申しますんですか……あんな心持に似てはをりますが、何処かずつとさし迫つた、いやに刺々《とげ/\》しい気分なんでございますね。時によると、捨鉢なことも云つてみたいやうな、それでゐて、控へ目なところも見せたいといふ、なにしろ、考へれば考へるほど、やゝこしい気持でございます。それも、まあ、自分はどんなことがあつても、ほかのもののやうな真似《まね》はしないつもりでをりましたんですから、その点、別世界の人間であつていゝ筈なんでございますけれど、わたくしと幾つも違はない亭主持ちの女でさへ、やれ、誰それが変な眼附をしたとか、やれ、どのお客様が、背中へ手をおまはしになつたとか、そんな噂話を得意になつてしてゐるのを聞きますと、それは、こつちに隙があるからだと窘《たしな》めてやりたいほどですのに、若しそんなことでも云はうものなら、向うは、きつとわたくしに、「いやさうぢやない、あんたに誰もそんなことをしないのは、あんたが……」と云ひかけて、くすくすと笑ふだらうつていふ気がいたしますんです。なるほど、その先は、云はれなくつても、わかつてゐる筈でございます。それに気がつかないほど、わたくしも馬鹿ではございませんし、それには、正直な鏡つていふものもございます。いえ、それだけは、わたくしも承知してをりました。でも、そこは、奥さま、世の中で、自分が一番醜いと思ふ女はございますまい。自惚《うぬぼれ》でもなんでも、さうは思ひたくないのが人情でございませう。「よし、そんなら……」といふ気に、幾度なりましたか、しかし、それ以上に、自分でどうするといふ工夫がつかないんですから、しやうがございません。男の前へ出ますと、知らず知らず畏まつた調子になつてしまふんでございます。これでも、年を取るだけ取り、女だか男だかわからなくなりますと、もうそんなことは気に病《や》みませんけれど、その時分は、なんと云つても辛《つら》うございました。たまに男の方から、なんでもないお愛想を云つていたゞきますと、もう、それだけで、気持が浮き立つといふ情《なさ》けない状態が、あれでも、二年ほどは続きましたか……。丁度、その頃で
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