いゝえ、どういたしまして……。では、そろそろ、本筋に……。
るい これは、まつたく、内証話でございますよ。いゝえ、内証にもなんにも、これまで誰にも話したことなんかないんでございますけれど、奥さまに、たつた一言《ひとこと》、「お前の気持はわかる」と、さうおつしやつていたゞきたいばかりに……。でも、あんまりなお話でございますからね……。まあ、旧《ふる》いことといふだけが、幾分、お聴きづらくなく、聴いていたゞけるかと存じます。
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先程も申上げました通り、船の中では、お客様を除けば、女と申しましても、わたくしの外、六人つていふ人数でございました。そのうち、亭主持ちが二人、あとの三人は、二十《はたち》を越したばかりといふ娘つこでございませう。やかましく云はれながら、蔭で何をいたしてをりますか、わかりやいたしません。それに、一方が、御承知の荒《あら》くれでございます。わたくしどもの前でさへ、ずゐぶん眼にあまることもございました。さういふ中で、年も年でございましたけれど、わたくしだけには、誰一人、戯談《じやうだん》を云ひかけるものもございませんでした。それでも、三十五つて申せば、ねえ、奥さま、世帯を持ちませんだけに、まだ、心も、からだも、そんなにお婆さんにはなつてをりません。さういふ人たちのふしだらな真似《まね》を、一方では苦々《にが/\》しく思ひながら、一方では、実のところ、まあ、嫉《や》けるとでも申しますんですか……。御免遊ばせ、こんな言葉使ひをいたしまして……。お笑ひになりますけれど、それは、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]ぢやございません。今ですから、申上げられますんです。
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夫人 それで笑つたんぢやないんですよ。あなたの率直なお話が、いゝ気持なんですわ。
るい はい、率直も、度《ど》が過ぎてはと存じますけれど、今日は、真《ま》つ裸《ぱだか》になつてみる気でございます。後がどんなにせいせいするだらうと思ひますと、もう恥も外聞もございません。それに、奥さまのやうな、お優しい、物事のよくおわかりになる方《かた》に、洗ひ浚ひ聞いていたゞけるなら、ちつとも心残りはございませんです。
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で、まあ、そんなわけで、一年ばかりは過ぎてしまひました。そ
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