ちよつと、お待ちになつて……。お話がよくわかり兼ねますが、つまり、奥さまが、こちらへお見えになる筈なんでございますね。で、おいでになりましたら、どういたしませばよろしいんでございますか。あたくし一存では計らひ兼ねますけれど、主人とも何れ相談いたしまして……。はい、それはもう、よく心得てをります。
男乙  それでだね、今の話ね、僕はいろいろ考へた末、どうせ外国なんかへ行つたつて、僕の頭から君が去ることはないんだし、君の方でも、僕が何処かに生きてゐるつていふことは、なんとなく、気持を楽にさせないだらうし……。
女   え? なにをでございますの?
男乙  気持をだよ、気持を楽にさせないだらうつていふのさ。
女   それで……?
男乙  それでね、僕は、決心したんだよ。

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男乙は、かう云ひながら、右手を伸ばし、椅子の上に脱ぎ捨てたズボンのカクシから、拳銃を取り出し、それを弄びはじめる。
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女   御決心つて、それは、あたくし、想像がつき兼ねますが。
男乙  今、僕の手に握つてゐるものを見たら、すぐわかることなんだ。少し大きな音がするから、驚いちやいけないよ。
女   そんな、御冗談みたいなこと、おつしやるもんぢやございません。なんの必要があつてそんなことをなさるんですの。いゝえ、なんの必要があつて、あたくしの眼の前でそんなことをなさるんです? あなたは、卑怯な方ですわ。
男甲  おい、どうしたんだ。
男乙  さういふ風に取られちや困るよ。僕は、たゞ、自分だけの決心を、一番便利な、しかも、一番僕たちの好みに適つた方法で、君の耳に入れて置かうと云ふだけなんだ。勿論、結果だけなら、何時か、知れるにきまつてるさ。それぢや面白くないからね。しかし、断《ことは》つとくが、君はどんな場合でも、平静を装つてゐなけれやいけないよ。無論駈けつけて来るには及ばない。僕たちの歴史は、この瞬間、最後の頁を閉ぢたのだから、君は、君の旦那さんのそばへ、笑つて帰り給へ。

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男乙は、かう云ひ終つて、拳銃を空に向つて放つ。
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女   (その瞬間、受話器を耳より離し、無意識に、片手で眼を押へる)
男甲  なにをしてるんだ。え、おい。今のはなんの音だ。
女   (静かに受話器をかけ、男甲のそばに近づき)大抵、わかつたでせう、どんなこつたか……。
男甲  おしまひのところが、よくわからん。
女   (拳銃で喉を撃つ手真似をして)たうとう、やつたのよ。
男甲  馬鹿な……。
女   ほんとよ。(椅子に腰をおろす)

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Bの部屋では、男乙が、拳銃をテーブルの上に投げ出したまゝ、煙草を喫ひはじめる。
マネージヤーらしき男が、扉を開けてはひつて来る。数人のボーイが、後から続く。
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男乙  なんでもないんだよ。電話で空砲の音を聞かしてやつたんだ。話の弾みでね。お騒せして済まなかつた。あ、それからね。もう少し経つて、若い女が訪ねて来るかも知れないが、僕の家内つていふことにして、こつちへ通してくれ給ひ。

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一同、顔を見合はして出で去つた後、男乙は、寝台に寝転つて書物を読みはじめる。
Aの部屋では、男甲が、先づ、新聞を畳み、起ち上る。
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男甲  京都では、まだお前に見せるものがあつたつけな。
女   なあに?
男甲  舞妓さ。
女   そんなもんどうだつていゝわ。
男甲  まあ、後学のために見ておけ。まだ睡くなけれや、今から出かけるか。こうつと……。何処がいゝかな。どれ、ひとつ、ナンバア・ワンつていふところをお目にかけよう。(電話の方に近づく。受話器を取り上げ)もしもし京極一六二九番……。

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Cの電話室の呼鈴が鳴る。丁稚風の少年が現れる。
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少年  あ、もし、もし……。
男甲  あ、もし、もし……。わしだよ。東京の楠見だよ。
少年  楠見はん、そんな人、知れへん。
男甲  君は、誰……。
少年  わてか。わて、米吉いふもんどす。
男甲  あゝ、米竜か。わしだよ。はゝゝゝ、わかつたか。うん、しばらく……。どうだね、その後は……。いや、なに大したこともないさ。実は今度は、家内を連れて、見物かたがたやつて来たんだがね。どうも見物も疲れるばかりでね。はゝゝゝ、さうはいかんさ。そいつは、一人で来た時にしよう。うん、さういふわけで
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