ね、序だから、舞妓の踊りでも見せてと思ふんだが、お前、ひとつ、人選をしてくれんか。あゝ、何時もの処でよろしい。十人ばかり……。もう二十分ほどして出掛けるから、お前先へ行つてゝくれ。よし、わかつた。
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Cの電話室では、少年がぼんやり受話器を耳に当てゝゐるが、しまひにそのまゝ居眠りをしはじめる。
主人らしい男がはひつて来て、少年を突きのけ、受話器を耳に当てる。
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主人 もし、もし、どなたさまでおまつしやろ?
男甲 え? わしに相談……? そいつは弱つたな。この次ぎぢやいかんか。それやさうさ。無論、承知はしてゐるが、今度は勘弁してくれ。
主人 阿呆らし、あんた、だれや。えらい混線や。
男甲 さう、さう。ぢや、兎に角、わしが一と足先へ出掛けることにしよう。なに、かまはんよ。ぢや、さよなら……。
主人 さいなら……。おやすみ……。
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男甲、受話器をかける。
Cの電話室でも、主人が荒々しく受話器をかけて去る。
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男甲 では、かうしよう。わしが先へ行つて、後から迎ひを寄越すから、お前は、用意が出来たら、すぐ来るといゝ。お客さんだから、そんなにおめかしをして来なくつてもいゝよ。
女 あたし、そんなとこへ行かなくつてよ。
男甲 どうして……。
女 どうしてゞも……。
男甲 困るなあ、今更、そんなことを云ひ出しちや……。
女 困らないでせう。その方がいゝつて、ちやんとおつしやいよ。
男甲 もう約束しちまつたんだぜ。
女 だから、あなた一人で、行つてらつしやればいゝわ。
男甲 淋しくないかい。
女 淋しいわよ。
男甲 それ見ろ。
女 でも、いゝわ。淋しいぐらゐ我慢するわ。その代り、十二時までには帰つて頂戴ね。あたし、寝てるから、そうつと扉《ドア》を開けるのよ。さ、行つてらつしやい。
男甲 いやに聞き分けがいゝね。ぢや、ちよつと行つて来るよ。さうさう、お友達が来るかも知れないんだね。さうだと、却つて、わしがをらん方がよからう。
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男甲、帽子を取つて出て行く。
男乙、書物を投げ出し、寝台にもぐり込む。スタンドの灯を細くする。
Cの電話室が暗くなる。
やがて、女は、隣室に駈け込み、外出の用意をして現れる。電話を掛けようとするが、やめて、そのまゝ、部屋の外に姿を消す。
Bの部屋の扉《ドア》をノツクする音。
男乙、起き上り、扉を開けに行く。
女が現れる。男乙は、無言のまゝ、女を抱かうとするが、女は、からだを退く。
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女 多分、そんなことだらうと思つた。
男乙 ぢや、どうしてやつて来たの。
女 そんな訊き方、ないでせう。来たかつたから、来たのよ。で、やつぱり、行くの。行かないの?
男乙 行くさ。
女 もう、行くの、およしなさい。
男乙 行かなけれや、どうなるんだい。
女 どうもならないわ。たゞ、あんたが、何処にゐたつて、あたしにやおんなじだつていふだけよ。
男乙 僕の方はさうは行かない。
女 あら、不思議ね。
男乙 現に、そばにゐればこそ、かうして君を引張り出すことになるぢやないか。
女 己惚れちや駄目よ。あんたの意志なんかもう問題ぢやないわ。
男乙 さういふことを云ひに来たの、わざわざ……。
女 ムキにならなくつたつていゝわ。おどかされたから怒つてるのよ。
男乙 さうか。まあ、どつちでもいゝや、来てくれさへしたら……。明り、このまゝにしとかうか。
女 明りのことなんか気にしないだつていゝわよ。
男乙 …………。
女 まだ怒つてるのよ。もつと御機嫌を取らなくつちや駄目よ。
男乙 さうか、失敬、失敬……。
女 (笑ひ出し)どら、どんな拳銃だか、見せて御覧なさい。
男乙 何処へ置いたつけ……。あゝそこだ、テーブルの上だ。
女 (拳銃を取り上げ、男をねらひ)これが、あんな音を出すの。撃つてもいゝ?
男乙 危い。また、マネージヤーが飛んで来ら。
女 (拳銃をテーブルの上に置き)あんた、うちの宿六さん、どう思つて?
男乙 なかなか肥つてゝ、立派ぢやないか。
女 それだけ?
男乙 いゝステツキを持つてるね。
女 それから?
男乙 毛深い質だね。胸なんか毛だらけだらう。
女 余計なこと云つてらあ。かういふ風ぢや、あんたと会つても駄目ね。しんみりした話なんか出来やしないわ。
男乙 君がわるいんだよ。初めから調子を外すんだもの。
女 あ、さうさう、いゝこ
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