ちよつと、お待ちになつて……。お話がよくわかり兼ねますが、つまり、奥さまが、こちらへお見えになる筈なんでございますね。で、おいでになりましたら、どういたしませばよろしいんでございますか。あたくし一存では計らひ兼ねますけれど、主人とも何れ相談いたしまして……。はい、それはもう、よく心得てをります。
男乙  それでだね、今の話ね、僕はいろいろ考へた末、どうせ外国なんかへ行つたつて、僕の頭から君が去ることはないんだし、君の方でも、僕が何処かに生きてゐるつていふことは、なんとなく、気持を楽にさせないだらうし……。
女   え? なにをでございますの?
男乙  気持をだよ、気持を楽にさせないだらうつていふのさ。
女   それで……?
男乙  それでね、僕は、決心したんだよ。

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男乙は、かう云ひながら、右手を伸ばし、椅子の上に脱ぎ捨てたズボンのカクシから、拳銃を取り出し、それを弄びはじめる。
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女   御決心つて、それは、あたくし、想像がつき兼ねますが。
男乙  今、僕の手に握つてゐるものを見たら、すぐわかることなんだ。少し大きな音がするから、驚いちやいけないよ。
女   そんな、御冗談みたいなこと、おつしやるもんぢやございません。なんの必要があつてそんなことをなさるんですの。いゝえ、なんの必要があつて、あたくしの眼の前でそんなことをなさるんです? あなたは、卑怯な方ですわ。
男甲  おい、どうしたんだ。
男乙  さういふ風に取られちや困るよ。僕は、たゞ、自分だけの決心を、一番便利な、しかも、一番僕たちの好みに適つた方法で、君の耳に入れて置かうと云ふだけなんだ。勿論、結果だけなら、何時か、知れるにきまつてるさ。それぢや面白くないからね。しかし、断《ことは》つとくが、君はどんな場合でも、平静を装つてゐなけれやいけないよ。無論駈けつけて来るには及ばない。僕たちの歴史は、この瞬間、最後の頁を閉ぢたのだから、君は、君の旦那さんのそばへ、笑つて帰り給へ。

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男乙は、かう云ひ終つて、拳銃を空に向つて放つ。
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女   (その瞬間、受話器を耳より離し、無意識に、片手で眼を押へる)
男甲  なにをしてるん
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