ていふ言葉が流行つたが――その熱血男児の標本だつたよ。
牧子  そのくせ、より江さんは、人一倍、涙脆いたちで、よく友達の身の上話なんか聴かされては、独りで泣いてるんですよ。また、あの頃は、身の上話が流行つたもんですわ。――あたくしなんかも、随分、聴かせろ、聴かせろつて、人から云はれましたわ。それが、ね、ずつと兄さまと二人つきりなもんで、何かわけがあるだらうと思ふんでせう。その身の上話つていふものを、初めてして聴かせた相手が、より江さんなんですわ。自分では、何気なく云つてるつもりなのに、あの人、おいおい泣くんですのよ。しまひに、自分でも悲しくなつて……そこへ、また、なんとか、慰めるやうなことを云はれるもんだから、なほ胸がつまつて……。可笑しんですの。それからが、きまつて、例の、仲よしになりませうね、ですわ。
貢  西原の奴、一度、変なところへおれを連れて行つてね……。あれは、たしか、今考へると、戸山ヶ原の射的場かなにかなんだが、薄暗い穴の中でね……。そこで、腕をまくれつていふんだよ。腕をまくつて見せたら、やつも、小さな腕をまくるんだ。それから、何をするかと思つたら、ポケツトから、鉛筆を削
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