は、お忙しかありませんの。
貢 僕ですか。いいや。(間)僕、かういふ歌を作つたんですが、どうでせう。――呼吸《いき》もつかず、足音も立てず、何者か、忍び寄る如し、綻びを縫ふ――つて云ふんです。実感なんです。
より江 (考へて)さあ……。あたくし、歌なんかわかりませんけど……。でも、あなた、御自分で綻びなんかお縫ひになるんですの。
貢 あなたの前で、かういふことを云ふのは可笑しいですけれど、妹なんていふものは、あれで、やつぱり、兄きの身のまはりの世話なんか、十分にできないものなんですね。どうも、自分のうちつていふ気がしないらしいんです。あれで亭主の面倒が見れるかと思ふくらゐですよ。横着でしないわけぢやないでせうが、さういふ張合がないんでせうね。これ御覧なさい(上着の釦が取れかけてゐるのを見せ)これだつて、気がついてゐるのか、ゐないのか、一週間前から、このままですよ。かうして(釦を引きちぎり)とれてゐたつて、こつちから云ひつけるまで直しやしませんよ。
より江 でも、それは、お兄さまが、ずつとおうちにいらつしやるからですわ。外へお出ましになるやうな御商売なら、きつと、気をおつけになる
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