だけは覚えておいたんですのよ――さあ、それが、何時の役に立ちますやら……。
より江 タイプライタアもなすつたんですつて……。
牧子 タイプライタアは邦文の方だけですけれど、速記も序に習ひましたし……。それに、何時ぞや、神田でお目にかかりましたわね、あの頃は、ミシンをやつてましたのよ。
より江 さうですつてね。あれから、もう四五年になりますかしら……。逗子からお通ひになつてたんでせう。
牧子 ええ。兄の病気が、まだひどい頃でした。昼間だけ看護婦についてて貰つて……。(間)それでもあの頃は若う御座んしたわ。
[#ここから5字下げ]
(沈黙)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
より江 でも、不思議ですわね、こんなところで、お目にかかるなんて……。標札を見ると、大里貢……なんだか聞いたことのある名前だとは思つてましたの。毎日通るんでせう。あなたのお兄様だと知つたら……。それでも、あなたが御一緒にいらつしやるかどうかわからないし……。あれで、昨日、停車場であなたに御目にかからなかつたら、今頃は、まだ知らずに、あの前を通り過ぎてるんですわね。
牧
前へ
次へ
全46ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング