こいつは、閑を閑とも思はない女なんです。忙しい忙しいつて云ひながら、何もせずにゐる。
牧子  あら、うそばつかし……。
より江  そんなことありませんわね。あたくしなんか。どうかすると、なんにもすることはないと思ひながら、一方で、なにかしなくつちやならないと思ふでせう。その気持がこんがらかつて、結局、落ちつけないことがありますわ。
西原┐
  ├(同時に)それはありますね。
貢 ┘
牧子 ┐     ┌さういふ時だつて……。
   ├(同時に)┤
より江┘     └つまり、さういふことが……。
牧子 ┐
   ├(互に「どうぞ」といふ眼くばせ)
より江┘
西原  (引取つて)閑は出来ちや駄目だね。作るやうにしなくつちや……。
貢  それを云ふだけならやさしいがね。
西原  商売にもよるさ。
牧子  西原さんなんかは、おつしやるだけぢやないでせう。

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長い沈黙。
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貢  此の部屋はなんだか陰気だな。外が馬鹿に明るいだけに、家の中は、なんだかすすけてて惨めだ。
牧子  また外でお茶にしませうか。
より江  温室の前の芝生がよう御座んすわね。あそこで、何か戴くと、味が違ひますわ。
牧子  そいぢや、さうしませう。兄さま、一寸、また、手伝つて下さいません。
貢  机はあれでいいだらう。
より江  ええ、ですけど、椅子が……。
西原  椅子なら、僕が持つて行きます。
より江  あたくしも持つて行きますわ。
牧子  それぢや、めいめい、御持参で……。(先へ出る)
より江  (その後から、続いて)何かお手伝ひしませうか。
牧子の声  いいえ。いいんですのよ。
貢  (より江が持つて行かうとする椅子を無理に取り上げ、両手に一つづつ持つて出る)
西原  (これも、両手に一つづつ持つて、その後に続く)行きますよ。
より江  (ひとり、窓から、温室の方を見てゐる。懐中鏡を出し、手早く顔を直す)

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長い間。
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牧子の声  より江さん、いらつしやい。
より江  はい(と答へたきり、ぢつと、眼を据ゑて、何か考へてゐる。寧ろ、何かを待つてゐる)

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長い間。
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