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貢  僕の責任もないことはありません。だから、どうすればいいんです。僕の力で、それがどうかなるんですか。
より江  早く牧子さんを自由にしておあげになることですわ。
貢  自由に……? あいつは自由です。

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長い沈黙。
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より江  あたくし、かういふお話をしに来たんぢやありませんわね。
貢  いいえ、かまひません。僕に間違つたところがあつたら、云つて下さい。僕は、さつき、あんなことは云ひましたけれど、実際は、牧子のことを一ばん心配してゐるんです。あなたが自由にしてやれつておつしやる意味は、どういふ意味だかはつきりわかりませんが、あいつを幸福にしてやることなら、どんな犠牲でも払ふつもりでゐます。あいつが、今、どつかにいい口があつて、嫁入りでもするやうなことがあれば、僕は、勿論、自分の不自由ぐらゐは忍ぶつもりです。
より江  (笑ひながら)それは、あたり前ですわ。それは犠牲とは云へませんわ。
貢  ああ、さうですか。なるほど、それはまづい譬でした。そんなら、どうしたらいいでせう。
より江  そんなこと、あたくしにお訊きになつたつて存じませんわ。また、お答へすべきことぢやないと思ひますわ。その事は、牧子さんが一番よく考へていらつしやる筈ですもの。
貢  あいつには、意志がないんです。したくないことはあつても、したいことはないんですからね。それだけは、僕が一番よく知つてゐますよ。
より江  全くお気の毒ですわ。
貢  あなたの力で、どうか、あいつに、前へ踏み出すことを教へてやつて下さい。あいつは、今、自分の眼の前に大きな幸福が待つてゐることを知つてゐるんです。それを知つてゐながら、どうすることもできずにゐるんです。
より江  でも、さういふことは、誰にだつてありますわ。

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長い沈黙。
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より江  あたくし、また伺ひますわ。今日は少し急ぎますから……。お昼までに帰るつて云つてありますの。
貢  それぢや、御飯はまだでせう。
より江  いいえ、それを済ませて来たものですから、遅れてしまひましたの。一寸した用事でも、
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