んですわ。
貢 そんなら、うちの中は、どうでもいいつていふわけですね。さうなんですよ。此の部屋だつて、あなたがたが見えるやうになるまで、額一つかけようとしないんですから……。さういふことは、女の気持でどうでもなるんですからね。さういふ、うちの中の飾り方なんていふものは……。
より江 さうですかしら……。
貢 僕は、自分で別段に、趣味のある人間だとは思つてゐませんが、相当、生活に趣味らしいものをつけてくれるやうな人間が、そばにゐてくれればいいと、いつでも思ふんです。さもなければ、活気です。こいつが欲しい。実に、だれきつてゐるんですから、僕達の生活は……。
より江 さうは見えませんわ。
貢 近頃でせう。それは……。あなたがたのお陰ですよ。殊に、あなたのお陰です。いいえ、ほんとです。僕は、今、かうして元気よく働いてゐるのも、あなたの為めに、なるべく美しい花を咲かせようといふ希望があるからですよ。あなたが見に来て下さらなくなつたら、僕の温室の花は、みんな色がさめてしまふでせう。
より江 (戯談に取つて)あら、そんな……。
貢 うそだと思ひますか。そんならもつとお話をしませう。僕たちが――まあ、僕がと云つてもいいわけですが――かういふ仕事を始めたのは、別に、それで生活しなければならないからぢやないんです。なにか、健康的な、そして、人手を煩はさずに自分の生活を明るくするやうな仕事はないかと、あれこれ考へた末、花を作つてみようと思ひ立つたんです。牧子には、物をこしらへ上げるといふ楽しみがわからないんです。物を大切にしまつて置くことはできる。しかし、育てて行くことに興味がもてないらしいんです。おわかりになりますか。これは、たしかに、あいつの生涯を暗くしてゐます。従つて、僕の……。また愚痴を云ふやうですが、僕の生活を、半面に於て不幸にしてゐる。
より江 でも、牧子さんは、どなたの為めにああして、今迄、お独りでいらつしやるんですの。牧子さんの生涯が、まあ、仮りに暗い生涯だとすれば、その責任は、どなたにあるんですの。
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長い沈黙。
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貢 (だんだん憂鬱になる)
より江 さういふことおつしやるもんぢやありませんわ。あたくしさう思ひますわ。
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長い沈黙。
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