…。さつき、温室の中で、おれの手を見て、まるで木の根みたいな手だと云ふんだ。触つて御覧なさいつて、手を出したら、面白がつて、指で撫でたりなんかするんだよ。ああいふ友達は是非必要だね、われわれの生活には……。
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       第二場

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同じ応接間。
三月下旬――午後一時頃。
鉢植の草花――新しい裸体画――軽快な台ランプなど。

貢と西原とが話をしてゐる。
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貢  かうして、君が遊びに来てくれることは、僕らに、まだ生甲斐があるといふことを教へられるやうなものだ。ああして、君が、僕の健康の為めに乾杯してくれたのを見て、牧子は泣いてたよ。今も、どつかへ行つて、まだ泣いてるだらう。――あいつは、どうしてあんなに気が弱いのか、近頃泣いてばかりゐるんだ。(大きな声で)おい、牧子……。
西原  まあ、もう少し静かにさせておいてあげたらいいぢやないか。かうしてゐると、いろんなことに気を遣ふだらうからね。
貢  なにしろ、僕達は、あんまり世間から離れ過ぎてゐたよ。
西原  もうわかつたよ。いつまでもそんなことを云つたつてしやうがない。これからは、大いに交際を広くするさ。君も、早く細君を貰つたらいいぢやないか。
貢  (狼狽して)いや、なにしろ、あいつから片づけなくつちやね。
西原  君は、それで、食ふに困らない財産はあるんだし、早く妹さんを片づけて、一度西洋へでも行つて来るんだね。さうすると、人をあんまりこはがらなくなるよ。早く云へば図々しくなるよ、おれみたいに……。
貢  いや、その点ぢや、牧子なんかは、女だからでもあるが、久し振りで会つた君にさへ、あの通り、ろくに口が利けないんだからね。今日はこれで、四度目かい。まだ、昔通りにはいかないらしい。
西原  七年も別れてゐると、さうだらうな、こつちは、割合に、変つてないつもりなんだけれど……。
貢  だから、思つてることが云へない。云はうと思つてることを、みんな相手に云はれちまふんだ。
西原  それや、どうだか……。
貢  (云ひ直して)みんなでもないが、どうでもいいやうなことはさ(苦笑する)

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(牧子が盆にコツプをのせて現れる。なるほど、泣いた後とは察せられるが、見違へるほどの若々しさであ
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