うも疲れる。会つても、自分達の問題には触れたくなくなる。それでおしまひさ。何のことはない、店に並んでゐるものを、飾窓に出てゐるものを、見るだけ見て来たと云ふやつさ。
三輪 それなら、僕だつて同じだよ。何一つ仕事らしい仕事はしてやしない。
並木 それとは、また、話が違ふよ。しかし、今ぢやもう、そんなことを悔んでなんかゐやしないよ。落ちつくところへ落ちついたんだからね。云はゞ、どん底さ、と云ひたいが、自分だけは、あべこべに高い処にゐるつもりなんだ。
三輪 ……。
並木 それがね、いやに超然と構へてゐるわけぢやないよ。ただ、割合に、あくせくしないだけの覚悟がついてゐるといふまでさ。
三輪 つまり大悟徹底したわけか。
並木 大袈裟に云へばね。君はさつきから、僕の帽子を見てるが……。
三輪 うそつけ、そんなもの、見てやしないよ。
並木 見たつていゝよ。――この帽子はなるほど古い。今年買つたんぢやない。だからつて、別に、これを被つてゐるのが気恥かしいといふやうな見栄もなくなつてゐる。
三輪 そんなことは、当り前ぢやないか。君らしくもない弁解だね。君から、いろいろ打明け話を聴くのは
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