るんだ。
並木  さうかなあ。

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長い沈黙。
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三輪  立ち入つたことを訊くやうだが、今ゐる処は、さきざき見込みがあるのかい、君の仕事としてさ。
並木  僕の仕事つて、今ぢや、君、食ふことが仕事だよ。それ以外に何もないよ。
三輪  でも、何か書いてることは書いてるんだらう。
並木  もう止めたよ。誰も読んでくれないことがわかつてゐるのに、こつこつ下らないことを書いたつて始まらないぢやないか。一時は、あれでも、未来の文豪を夢見たさ。それに、おだてる奴なんかがゐたりしてね……。変なもんだよ、君たちにはわかるまいが、あゝいふ社会には、明日にでも好運が廻つて来ると思つて、雨蛙が木の葉の上で雨を待つてゐるやうにだね、ぢつと一点を見つめてゐる手合がうぢようぢよしてゐるんだ。僕もその一人だつたさ。処が、その頃は、自分で力を落さない為めに、せめて人のものでもいゝところはわかるやうな顔をしてゐたいんだね。だから、さういふ人間同志は、お互に、対手《あひて》をかつぎ上げるんだ。しかし、長い間には、自分も疲れる。向
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