を締めてみないうちに夏が過ぎさうだ。しかし、彼女は、朗らかな顔をして、よそ[#「よそ」に傍点]の女の着物かなんか批評してるよ。
三輪  いゝとこだね。
並木  何がいゝとこだい。(前の方を頤で指し)あれ、誰だか知つてるかい、あの夫婦連れさ。
三輪  知らない。
並木  大村侯爵の息子さ、あの写真道楽で有名な……。
三輪  あゝ、さうか……。あの細君だね……。
並木  シヤンだらう。
三輪  シヤンといふ点ぢや、君の細君に敵はないよ。
並木  慰めるのはよしてくれ。僕だつて、女の値打ぐらゐわかるよ。処で、君はまだお父さんのうちにゐるの。
三輪  いゝや、別になつた。と云つても、近処は近処だがね。遊びに来ないか。
並木  ありがたう。今になつちや、どうも行きにくいね。むかし通りのつきあひは出来ないね。
三輪  そんなこと云ふ奴があるかい。こつちはちつとも変つてやしないぜ。
並木  こつちが変つてるから駄目だ。貧乏は昔からの貧乏だが、世の中へ出ると、自分のゐるところがはつきりわかつて来るね。
三輪  自分で世間を狭くしちやいけないよ。僕なんか、その点ぢや、随分|我武者羅《がむしやら》を通して
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