やない。僕はね、下から上つて来る時に、いつでも、見当をつけて来るんだ。と云つただけではわかるまいが、今、僕が、かうして立つてゐる、丁度此の足の真下に、五階を通じてだよ、一体、何々が陳列してあると思ふ。
三輪  ……。
並木  先づ階下には、羽根蒲団がある。二階には姿見がある。三階には一重帯……。四階には……よさう。だがね、それがみんな、僕等には手が出せないやうなものばかりだのに、それを眼の前に見てゐる時とは違つて、かうして、さういふものの上に自分が立つてゐると思ふとだね、なんとなく、花やかな気持ちになるんだ。所有慾といふものから全く離れてだよ。可笑しいもんだね。僕んとこの奴も、やつぱり、さうらしいんだ。
三輪  それや、さうかも知れんね。それがつまり、浩然の気といふんだよ。
並木  何の気だか知らんが、こいつは便利なもんだよ。早い話が、その一重帯なんかでもさ、去年の夏からせがまれてゐるんだが、どうにもしやうがない。だが、女なんて馬鹿なものさ。見るだけでいゝから、見ときませうつて云ふぢやないか。見るだけ見るんだね。さうして、此処へ上るんだ。一重帯の話はそれつきりさ。今年もどうやら、そいつ
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