で、市会議員の候補に立つた男の選挙事務所へ手伝ひにやらされて、何をするのかと思つたら、自働車へ乗つてビラを撒いて歩けと云ふんだ、そん時と……。
三輪 へえ、君はそんなこともやつたのか。
並木 やつたさ。自働車、あれを見たまへ。僕は、自働車といふものは、大体に於て、われわれに泥をぶつかけて通る怪物だと思つてゐる。そいつが、ここから見ると、如何にも無邪気な玩具だ。不器用《ぶきつちよ》で、あはて[#「あはて」に傍点]者で、そのくせ、気取屋で、神経質だ。これは誠に愛すべき動物ぢやないか。
三輪 君は、今、社長つて云つたが、どこか会社へでも勤めてゐるの。
並木 会社といふわけぢやないんだ。小さな本屋さ。それでも、店の名前に社といふ字をくつつけてゐるもんだから、店のものだけは、社長だとか、社員だとか、まあさう云つてるわけなんだ。
三輪 本屋といふと、出版の方だね。
並木 まあさうだ。
三輪 そいつは面白いだらう。
並木 面白いもんか。それに、こゝにかうして立つてゐると、自分の足の下に、一つの美しい世界が感じられる。勿論、それは、贅沢な織物や、高価な装飾品が陳列されてあるといふ意味ぢ
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