あゝ……。まだいけないのか。
三輪  益※[#二の字点、1−2−22]いけないよ。
並木  そんな風には見えないぜ。
三輪  それがいけないんだ。

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間。
[#ここで字下げ終わり]

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並木  降りようか。
三輪  入れ違ひになると厄介だから、もう少し待たう。腰かけるか。(腰かけを探す)
並木  ねえ、君、久し振りで会つて、こんなこと頼むのは厚顔《あつかま》しいやうだが、都合がよかつたら二十円ばかり貸してくれないか。
三輪  (一寸気まづげに相手の顔を見るが、すぐに懐に手をやつて)あゝ、いゝとも。それくらゐならあるよ。(紙入れを出して、紙幣を抜き出し、並木に渡す)
並木  ありがたう。(そのまゝ袂にしまふ)

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重苦しい沈黙。
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三輪  風が無くなつたね。
並木  気を悪くしやしないかい。
三輪  君こそ、そんなことを苦にしてるんぢやないか。僕は今日君に会つたことをよろこんでゐるんだ。お互に昔通りものが言へるのはうれしいよ。
並木  少し興がさめやしないか。
三輪  そんなことを云ふと興がさめるよ。
並木  さうかなあ。やつぱり僕は駄目だね。(袂からさつきの紙幣を取り出し)君、折角だが、返すよ。こんなことしちやいかん、どうも……。
三輪  なにを云つてるんだ。君の方で都合のいゝ時返してくれゝばいゝぢやないか。今日は何か買物があるんだらう。金が少し足りなくなつたんだらう。さういふことは僕だつてあるよ。運よく友達にでも会つたらと思ふことがある。さういふ時には、なか/\会はないもんだ。処が、君は運がよかつた。たゞ、それだけぢやないか。
並木  さういふ考へは、僕なんかには浮ばない。
三輪  まあ、いゝから取つときたまへ。急にゐる金ぢやないから、急いで返して貰はなくつてもいゝよ。
並木  (苦笑しながら)実はね、家内に一重帯を買つてやらうと思ふんだが……。
三輪  (笑ひながら)君の細君は果報者だ。僕は今少し余分な金があるんだが、君達の結婚祝ひといふと遅蒔きだから、今日旧交を温めた記念に、僕から君の細君に一つ贈物をさせて貰はう。その代り、今の金で、君から、僕の家内に何か買つてやつてくれ。
並木  御厚意は有難いが、それぢや、なほ、僕がつらい。余計なことを云つてしまつて、どうも、納まりがつかなくなつたが、それだけは赦してくれ。今日は全く失敗した。近頃こんなに苦しい思ひをしたことはないよ。人間は惰力で活きてゐるものだとは思つてゐたのだが、反抗反抗で活きてゐる人間が、ぱつたり手応へのない処へぶつかると、かうまで間誤《まご》つくものとは知らなかつた。さつきから話したことも、あれや、つまり、僕の反抗心が云はせた嘘八百だ。そんなことにも、気がつかない君ぢやあるまいが、あんな大鉢《おほばち》を叩いて置いて、そのまゝ別れたんでは寝醒めが悪いからなあ。
三輪  まあ、さう、自分だけを責めなくつてもいゝさ。人一倍自尊心の強さうな君に、金を貸せと云はせた僕にも、いくらか徳があるんだ、ねえ、さう自惚れさせてくれよ。奴さんたちが帰つて来るまでに、その話をきめとかうぢやないか。
並木  いや、それだけは断る。今日は断る。これも取つて置いてくれ。なにもかも、やり直しだ。五年後にもう一度会ひ直さう。少しは人間ができてるかも知れん。
三輪  相変らず強情だなあ。それなら気のすむやうにしたまへ。(金を受け取る)

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三輪の妻と並木の妻とが連れ立つて帰つて来る。
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三輪の妻  随分かゝつたでせう。気に入つた柄がないの。奥さまにも見て頂いたんだけれど……まるで好みが違ふの。
並木  こいつは悪趣味ですからね。
三輪の妻  いゝえ、さうぢやございませんの。そら、(夫の方をちらと見て)あたしは、どつちかつて云へば、粋好みでせう、自分で云ふのは可笑しいけれど――それに、奥さまは、お上品なお好みでいらつしやるから……。
並木の妻  あら、あたくし、そんな、お上品なんて……。
三輪  いや、どうもさうらしい。それで、やめたのかい。
三輪の妻  兎に角、きめたんですけれどね、あなたのお気に召すかどうか……。一度見て下さるといゝんだけれど……。いゝのよ。わるかつたら、また取り換へるわ、うちで見て……ね。それより、御一緒に、一重帯を見たのよ。こちらの奥さまが御覧になりたいつておつしやつたから……。よくお似合になるのがあつたの。(並木の妻に向ひ)あれをどうしておきめにならなかつたんですの。
三輪  お前みたいに、独りでおきめにならないん
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