演劇の本質は、かくの如き舞台に於て、最も完全に表現し得ることは云ふまでもありません。
これで聊か支離滅裂ながら「演劇とは如何なるものか」といふこと、並びに「芸術的演劇の本質とは何を指すか」といふこと、此の二つの大きな問題について、一と通りの観念が造られたと思ひます。
実を云ふと、論者自身も亦、演劇の本質といふ問題で、いろいろ考へてゐる時代なのです。これからその考へを纏め上げるまでに、相当の年月を要するに違ひありません。然し、今まで述べた事柄は、なほ敷衍する必要はあるにしても、それぞれ演劇研究者の進路に横はつてゐる大きな問題の一端を示してゐるつもりであります。
演劇の本質といふ問題に関しては、先づこれくらゐに止めて、次には、新劇運動が齎した諸種の問題について一応解説をして置きたいと思ひます。
近代演劇運動の諸相
(一)小劇場主義と大劇場主義
前の講話で、演劇の芸術的純化、舞台表現の進化並びに演劇の本質を論じましたが、それぞれの機会に、努めて、演劇そのものゝ史的考察を忘れなかつたつもりであります。
これから述べようとする近代演劇運動の諸相は、一面、舞台表現の進化に伴つて、その消長を示してゐることは勿論でありますが、こゝでは、前章との重複を避けて、単に近代演劇の審美的傾向が、劇場そのものゝ上に与へた影響、言ひ換へれば、芸術的劇場が様々な形に於て、他の劇場と区別されるために、如何なる「存在の意義」を主張したか、かういふ点について研究して見ようと思ふのであります。
これはやゝ独断に近い議論でありますが、同じく近代劇運動の名で呼ばれる様々な演劇運動を通じて、論者は、二つの大きな傾向を発見し得るやうに思ひます。而もそれは、直接文芸上の流派と結びつけて考へることの出来ない性質のものである。もつと詳しく説明しなければわかりませんが、一方は、芸術的貴族主義と呼ぶことが出来るに反して、もう一方は、芸術的民衆主義と名づけることが出来ます。これは必ずしも演劇に限つたことではありませんが、元来、民衆的なものとされてゐた演劇が、芸術的に純化され、選ばれたものを対象とするところから、演劇にも、芸術的貴族主義が唱道され出したことは自然の理であります。ところが一方、演劇の芸術的向上を認め、それに力を注ぎながら、なほ且つ、演劇は民衆の糧なりと主張するものが出来て来ることも当然の結果であります。此の両者は、固よりその結果に於て、全然相容れないものとは思ひませんが、努力の焦点が何れか一方に偏することは免れない。そこで、これを別の言葉で云へば、小劇場主義と大劇場主義とになるわけであります。つまり、芸術的演劇は、小劇場に於て始めて実現し得るものであると主張するのが前者で、いや、芸術的演劇と雖も、大劇場で多くの観衆を満足させるのでなければ、演劇本来の存在意義に反する、大劇場の舞台に於て、ほんたうに芸術的価値を発揮するものこそ、真に偉大なる演劇であると主張するのが後者であります。
こゝで注意しなければならないのは、今日まで、欧米各国に擡頭した芸術的劇団が、大抵は「小さな劇場」に拠つてゐた。観客席六百といふのが普通であり、中にはそれ以下の座席しかない小屋に拠つてゐたのであります。然しながら、これらを見て、直ちに、彼等が何れも「小劇場主義者」なりと断ずることは甚だしい誤りである。
元来、小劇場運動といふ名は、「写実劇」乃至「自然主義劇」勃興時代に、当時の世間、殊に批評家たちが、いろいろの理由で、普通の劇場に拠ることが出来ない、つまり間に合せの小屋、または、金のかゝらない舞台を利用して、兎も角も一生懸命に芝居をやつてゐる半素人劇団の、健気な努力に向つて附けた名なのであります。大きな劇場を借りても、そんなに見物が来ないのはわかつてゐる。舞台が広ければ装置にそれだけ金もかゝる、まあ、今のうちはこれで我慢しなくては、かう思つて「小劇場」を選んでゐた。見物の方では、広い見物席にばらばらツとばら撒かれて、しよんぼりと動きの無い舞台を見せられてゐるよりも、かうした芝居を見るからには、小ぢんまりした見物席に、数は少くても相当の密度で、どつちを向いても知つた顔といふ気持に、落ちつきと親しみを感じながら、動きはなくてもしみじみとした舞台の味を、心行くまで噛みしめるといふ満足に浸りたい。これが、「〔The'a^tre Intime〕」の名の起りであります。この「テアトル・アンチイム」を、すぐに「小劇場」と訳しては語弊があります。寧ろ「家族的劇場」である。しかし「家族的」と云ふのは、必ずしも劇場内の空気に親密さを感じるといふ意味ばかりでなく、舞台そのものから「近い」といふ感じが大いにあります。自然主義的舞台の信条である「第四壁論」から云へば、見物席と舞台との間には一つの壁があるといふ理論に対して、見物は、その壁が自分たちの後ろにあるといふイリュウジョンをさへ浮べ得るのであります。
扨て、今日から見て、是等の「小劇場」――「テアトル・アンチイム」は、決して悉く、大劇場主義に対する小劇場主義の所産ではない。仏蘭西で云ふならば、「小劇場」の濫觴と思はれてゐる自由劇場の創始者アントワアヌは、夢にも「小劇場主義者」ではなかつたのであります。今日のヴィユウ・コロンビエは、成る程、「小さな劇場」でありますが、首脳ジャック・コポオは、将来、二千人を収容し得る劇場を欲してゐます。
それならば、純粋の「小劇場主義者」といふものは、どんな人たちかと云へば、実際、そんなにないのであります。また、「小劇場主義者」にあらざるものは、当然、「大劇場主義者」であると速断してはなりません。「大劇場主義」は、決して今日存在してゐるやうな普通劇場では満足しない。五千人とか一万人とか、なほ、実現さへ出来れば、二万人でも三万人でも容れられるやうな劇場を理想としてゐる処に、此の「主義」の特色があるのであります。さうして見ると、此の「大劇場主義」も一面の傾向に過ぎない。結局、近代劇運動を全然、此の二つの範疇《カテゴリイ》に入れてしまふことは不可能といふことになる。
そこで、これから、兎も角も、此の二つの相反した傾向を、いろいろの立場から比較吟味して見ることにします。
小劇場主義とは、前にも述べた通り、芸術的演劇は「小さな劇場」に於てのみ存在し得るといふ主張である以上、経済的その他の理由と関係なく、舞台並びに観客席の広さについて、芸術的効果を標準とする、一定の理想がなければならない。これは勿論、数字を以て示すほど窮屈なものではないのでありますが、結局は、所謂「室内劇」の精神に到達すべきものであります。
広い意味に於ける「室内劇」は、決して、近代の所産ではありません。これが近代劇一面の傾向と結びついて、今日では、演劇の芸術的貴族主義を代表する一運動となつた。
仏蘭西では、ララ夫人の組織する『芸術と活動』社は、正に「室内劇」を以て、演劇の純芸術的形式とするものゝ一つであります。(ララ夫人並びに同人の多くは、政治的には左傾思想の支持者であることも注意すべきである)
「室内劇」の精神とも云ふべきものは、所謂、芸術的貴族主義の思想にその根柢を置いてゐることは勿論で、此の思想さへわかれば、「室内劇」の何ものであるかは、おのづから明かになるのですが、それをなほ説明すれば、演劇といふ芸術形式から、その中に含まれがちである所の不純な分子、更に通俗的分子を取り除けば、あとには「俗衆」のために何ものも残らない。それはマラルメの詩であり、セザンヌの絵であり、ワグネルの音楽であります。高級な芸術ほど、純粋な芸術ほど、鑑賞者の資格が要求せられる。鑑賞の時と処とを選ぶ必要がある。美的印象を妨げる一切の空気を排除しなければならない。芸術家の方でも「不必要なもの」で舞台の空虚を埋めることを好まない。殊に、物質的乃至肉体的努力を最も効果的に利用するために、適度な制限を超えたくない。かういふ要求は、勢ひ少数の観客を相手とする演劇を生むのは当り前であります。
こゝで戯曲と舞台、劇作家と演出者とを引離して考へるのは変であるが、正確に云へば、別々に論ぜらるべきであらうと思ひます。即ち「小劇場向きの戯曲」、「小劇場主義の劇作家」といふものがある筈であるし、如何なる戯曲をも「小劇場主義」の立場から、演出しようとする演出者もあつていゝのであります。このことは「大劇場主義」についても云へることであります。しかし、結局「小劇場向きの戯曲」を大劇場に、「大劇場向きの戯曲」を小劇場の舞台に上演することは、如何なる点から見ても不合理であり、不自然であつて、結局「小劇場」のための「戯曲」が「大劇場」のための戯曲乃至一般普通の劇場のための戯曲からさへも独立して、存在するといふわけになる。絶対的とまでは行かなくても、原則として、さういふことが許されるのであります。
さて、それならば「小劇場主義者」の云ふ如く、純芸術的演劇は、果して、「小劇場」でなければ存在し得ないかといふ点について、しばらく、「大劇場主義者」の説に耳を傾けませう。
「大劇場主義」は「小劇場主義」の如く、全然芸術的の立場から演劇を見てゐない。寧ろ、社会的見地に立つて、演劇の使命、本領といふやうなものに力点を置いてゐるやうに思はれます。
民衆劇運動が、大劇場主義の有力な一面を代表してゐるのを見ても解る通り、芸術の貴族的存在を認めない所謂民衆芸術の唱道者が、演劇を以て、民衆芸術の好目標とした処に、此の新運動の意義が潜んでゐるのであります。
民衆劇運動と、大劇場主義そのものとを、全く同一視することはやゝ無謀である。なぜなら、例へば最近のラインハルトの如く、大劇場の舞台を、単に演出者としての芸術的欲求(純粋なものであるかどうかは別問題として)を満たすために利用してゐるものもある。「大がかりな芝居」を趣味として、或は個人的傾向として、或は少くとも、「演劇そのもの」のために主張する一派の人々は、決して、民衆劇運動に参与する必然的資格を備へてゐるとは云へないからであります。ただ結果に於ては、飽くまでも、演劇の芸術的民衆主義者であるといふことが出来ます。
此の区別をはつきりさせて置いて「大劇場主義」の批判に遷ります。
その立場の如何に拘はらず、大劇場主義は、要するに出来るだけ広い場所に、出来るだけ多くの見物を収容して、出来るだけ大規模の芝居を演じる、これが理想とする所である。それと同時に、出来るだけ多くの見物に満足を与へるやうな脚本と、演出者とを要求するのであります。ここで、芸術の根本的議論が生じる。芸術は果して民衆的なりやといふ問題であります。
これは一つ読者諸君の裁断に俟つことゝして、芸術美といふものを、芸術的作品から引離して考へることが既に空論である以上、或る芸術的作品を、「芸術的な部分」と「通俗的な部分」とに概念的な区別をすることが、もう実際的でないのであります。たゞかういふことは云へます。線の太い芸術と線の細い芸術――単色による芸術とニュアンスに富む芸術――叫び歌ふ芸術と囁き口吟む芸術――揺ぶる芸術と撫でる芸術――熱狂させ、眼を見張らせる芸術と、しんみりさせ考へさせる芸術――判然境界を設けることは出来ませんが、此の区別は、その極端に於て確かに演劇の場合、一は大劇場主義に、一は小劇場主義にそれぞれの立場を見出し、それぞれの特色を結びつけることができると思ひます。
小劇場主義が、窮極は「室内劇」に到達すると同様、大劇場主義の窮極は「野外劇」に帰着することは云ふまでもありません。
論者はこゝで、両者の芸術的価値について、その優劣を論断しようとは思ひません。またそんなことが出来るわけのものではない。要は、両者の主張が、単に理論のための理論に終ることなく、また偏狭な趣味や、山師的の煽動思想に乗ぜられることなく、真に演劇それ自身の芸術的完成に向つて、それぞれの特色、魅力を発揮すればよいのであります。
最後に、大劇場主義を支へる有力な一運動である民衆劇運動に言及して置
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