」に対する明確な観念を欠いてゐたためであります。
やうやくモスコオ芸術座が、此の点で理想に近い劇団であると云ふことが出来ませう。然し、一つの劇団も、一個人の如くあらゆる意味に於て、「若さ」と「力」とを失つて行きます。それと同時に、「未来」がなくなる。
一劇団存在の条件はいろいろ数へられるでせうが、それは別に研究するとして、われわれは全世界を通じて、今「明日の演劇」の曙光を認めようとしてゐる。「明日の演劇」が必ずしも「未来永劫に続く演劇」であり得ないことはわかつてゐますが、少くとも、一時代を倶に活きる世界人として、われわれもその伝統を棄てる棄てないに拘はらず、兎も角、欧洲の劇壇に動きつゝある眼ざましい傾向――演劇の芸術的進化を目標とする意義ある運動に参与する覚悟を持ちたいと思ひます。
そこで先づ、「明日の演劇」が、如何なる方向に進んで行くか、これは今までの講義が大体を暗示してゐると思ひますが、更に繰り返して云へば、先づ例の本質主義は、益々演出の上で舞台独特の魅力を発揮し、演劇の芸術的純化に強固な地盤を与へると同時に、将来の戯曲をして、新たなと云ふよりも、より一層豊富にして純粋な、「
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