、。
要するに、これらの新らしい運動の動機とも云ふべきものは、写実主義の運動が排除した浪漫主義の「美」を、云ひかへれば「幻想の世界」を、写実主義的な眼で見直さうとする慾望であると云へます。これはパラドクサルな言ひ方かも知れませんが、もつと詳しく云へば、想像を裏づけるに観察を以てし、誇張の根柢に解剖を置かうとするのであります。そしてその窮極は、現実と夢とを超越した人生の神秘な存在を、最も綜合的に暗示しようとするのであります。
こゝで、近代の演劇美学者乃至舞台革命家の主張を一々解説することは、恐らく無意義のやうに思はれます。何となれば、甲の理論は乙の理論の不備を補ひ、丙の理論は乙の理論を別な言葉で云ひ、丁の理論は丙の理論に注意線《アンダーライン》をを引いてゐるに過ぎないからであります。
そして、結局舞台芸術家は、脚本の内容をそのまゝ舞台に再現することは不可能であるのみならず、それは却つて効果を減ずるものであるから、何よりも先づ、作者の理想を舞台上で「暗示」する手段を考へなければならないといふ点で一致してゐる。処でそれがためには――さあ、こゝで問題が分れるのであります。彼等の独創も亦、
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