代主義と相対峙すべき性質のものではなく、寧ろ流転止むことなき近代主義の気まぐれな一現象と見るべきもので、そこには、やゝ皮肉な矛盾をさへ発見するでありませう。
近代主義の立場から真に敵視すべきは、昨日の芸術に恋々たる保守的、退嬰的、微温的官学主義者であります。法則と軌範を墨守して知らず識らず因襲の虜となつてゐる似而非芸術家であります。
たゞ、われわれは、近代主義の溌剌たる魅力に心は惹かれながら、既に、その病根の憂ふべきを気づいてゐるのであります。
それは、自由と放縦、「新しさ」と「珍しさ」の混同、没批判から生じる病根であります。
幸か不幸か、演劇は、最も、「独りよがり」の許されない芸術である。それが一方、天才的飛躍を妨げる原因であると同時に、凡庸にして衒気ある野心家を自滅させることに役立つてゐるのであります。そして、聡明にして、「美を愛する」新時代の芸術家、わけても、節度と婉曲を尊ぶ仏国人の中から、進歩的なる点は、近代主義と結び、不変を求める点は、伝統主義に附くとも思はれる一部の新劇運動者が現はれたことは、寧ろ当然でありませう。
これが、前講『舞台表現の進化』並びに『演劇の本質』中で述べたジャック・コポオ一派の主張であります。
此の主張は、まだ、特別な名で呼ばれてゐないやうであります。然し、既に、立派な芸術上の一理論であることは云ふまでもありません。そしてこれを所謂近代主義からも、所謂伝統主義からも区別して考へる時、先づ「本質主義」とでもいふやうな名が許されさうに思ひますが、元来、「何々主義」と呼ぶためには、あまりに傾向的な色彩が薄く、寧ろ常道または本道そのものであるといふ感が深いのであります。
近代主義が過去の芸術を否定し、伝統主義が新奇を厭ふ、その間にあつて、古典を愛し「美の永遠性」を信じ、革命よりも完成を、因襲よりも独創を、理論よりも霊感を尊び、時代の推移と共に「変る部分」よりも、時代と国境とを超越して「変らざる部分」を作品のうちに求めようとするのであります。
かくて、舞台より流行と因襲とを排除し、演劇をして、真に本質的の美を発揮せしめ、劇場を芸術的に純化しようとするのであります。
此の運動から、劇作家としても多くの有為な詩人が生れ、文学的流派に囚はれない「明日の演劇」が、希望ある未来を示してゐるのであります。
劇団としては、巴里のヴィユウ・コロンビエ座、アトリエ座、ピトエフ一座、ブルュッセルのマレエ座、これらは何れも純然たる近代主義的傾向に走らず、而も芸術の進化に敏感な同情の眼を向けつゝ、徐ろに劇的本質の探究とその完全な舞台表現の工夫に努力しつゝあるのであります。
例へば古典の演出に際して、彼の近代主義者は、これに近代的表現を与へなければ承知しない。カメルヌイ一座がラシイヌを演じた時がさうであります。希臘神話を主題とした仏国十七世紀の悲劇を、大胆にも立体派風に演出したのであります。近代主義者が古典の演出を試みる理由が、抑も疑問でありますが、それはまあ許すとして古典悲劇は古典悲劇としての美に生きるものであることが、どうしてわからないのでせう。
また、巴里の国立劇場では、古典劇の演出に「伝統」といふものを作つてゐます。つまり、「型」に類するものである。同時に、古典の解釈は全然官学的の解釈に従つてゐる。それは芸術家の感受性を欠いたものであることは勿論である。此の「伝統」なるものは、古来の名優がそれぞれ案出した「型」に違ひないのでありますが、それはその俳優によつてのみ活かさるべき「型」であつて、今日、他の俳優がそれを真似ることは必ずしも当を得てゐるとは云へないのであります。それは俳優の個性を無視することになるからであります。これくらゐのことがどうしてわからないのでせうか。
そこで、古典の演出は、古典そのものゝ美を、演出者の優れた趣味と感性による、自由にして新鮮な表現に盛ることである。これは何人かによつて企てられなければならなかつたのであります。
これだけのことで、もう「本質主義」の特色が明かになつたことゝ思ひますが、なほ、上演目録選定の上に、見逃すことの出来ない一着眼点は、一つの作品が、思想的に又は審美学的に、劃時代的な何物かを有つてゐるために、所謂傑作と称せられてゐる場合、それは必ずしも採択の主要条件とはならないのであります。それより、同じ作者のものでも、「戯曲として完成されたもの」「戯曲としての魅力に富むもの」、つまり演劇それ自身のために好ましい要素を多分に含んでゐるものを、先づ選ばうとするのであります。何は無くとも、これだけあれば演劇になる――さういふものを、先づ見出さうとしてゐるのであります。そして、それだけを先づ、完全に舞台化しようとしてゐるのであります。
前章『演劇の本質』に於て述べたこ
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