蛯ェ、十通りに使はれてゐることを発見したのであります。「然り」といふ語が「否」の意味に用ひられてゐることさへ発見したのであります。
かういふことを等閑に附して、何が背景だ、何が光線だ、何が衣裳だ、かういふ説は、あまり当然すぎて新奇な魅力がない。然し、戯曲の上演を演劇と称へる以上、舞台上の革命は、こゝから出発しなければならないといふ事実を否認するものはありますまい。
実際、ジャック・コポオは、所謂「伝統」なる古来の型から一歩も出ようとしなかつた古典劇の演出法に、形式の上でなく、内容の上に新しい「或るもの」を加へたことによつて、先づ欧洲劇壇の注意を惹きました。
露西亜カメルヌイ劇団がラシイヌのフェードルを立体派風に変形上演した。コポオは流石に演劇の本質を上演する戯曲の内容から引離すことの危険を知り抜いて、「新しき演出とは、必ずしも戯曲の新しい解釈ではなく、戯曲の一層深い理解から生じる、一層正しい舞台的表現である」といふ真理をつゝましく遵奉してゐる芸術家なのであります。この古めかしい真理が、今日までヴィユウ・コロンビエ座の中で、どれだけ新しい創造を生んだか、これは単に古典劇ばかりでなく、未熟な俳優を以てする近代劇の上演に、驚くべき「確かさ」と、未だ嘗て見ざる「生彩」とを与へてゐることを見ればわかります。
之を要するに演劇の舞台的進化は、近代に於て三つの大きな階梯を経て来たことになります。第一は浪漫的演出の悪傾向に反対して写実的表現による合理的演出が提唱され、第二にはそれがまた実物排列の悪趣味と現実模倣の平坦さに陥つて、象徴的舞台の要求となり、暗示と綜合を標榜する演劇の審美的発達を促し、劇的効果の間接手段が舞台革命の主潮となつた。処で、第三にそれが衒学的独断に陥る危険があるのみならず、演劇の向上はそれのみによつて望むことが出来ない事実を看破して、最近一部の舞台芸術家は一斉に「演劇をして再び演劇たらしめよ」と叫び出した。これは演劇の本質が「言葉」にあることを発見して、一切の劇的効果を「声と動作とによる」幻象《イメージ》の中に求めようとする運動であると云へます。
即ち最近の演劇は、感覚的要素の舞台表現に行きづまつて、再び心理的要素の完全な、一層直接的な表現を企図し、その要素の最も優れたものを選ぶ傾向になつたのであります。演劇はこゝで一と先づ、あらゆる舞台上の旅行を終つて、安住の一地点を見出さうとしてゐる。然し此の旅行は決して無意義ではなかつたのであります。「舞台上の言葉」は、新しき象徴的内容を与へられて、散文より詩への飛躍となり、説明より暗示への極めて顕著な進化を促されつゝあることは、何と云つても「明日の演劇」の有すべき価値ある特質であります。「新しい戯曲」が、此の意味で要求されてゐるのであります。
扨て「演劇をして再び演劇たらしめよ」といふ主張には、もう一つ重要な傾向が含まれてゐる。それは「舞台より考証家と美学者を駆逐せよ」といふことであります。「真の舞台芸術家の手に舞台を返せ」といふことであります。更に言ひ換へれば「写実万能と衒学的誇示を排除して、舞台を生気ある幻想の世界たらしめよ」といふことであります。
こゝで自然主義的第四壁論は、もう絶対の真理ではなく、舞台と見物席の境界は必要に応じて何時でも撤廃することができる。これは過去の浪漫的演出に新しい精神を附与したことになるのであります。
不自然のうちに「自然さ」を与へ、有り得べからざることに「真《まこと》らしさ」を与へることによつて、見物を「演劇のみがもつ陶酔境」に引き入れることは、確かに古来の舞台芸術家が企図したことであります。然しそれが真に芸術的効果を齎すためには、その不自然さが決して誇張のための誇張であつてはならない。有り得べからざることが、決して想像のための想像であつてはならない。新しい浪漫的演出の生命は、実にその象徴的精神に在るのだと云へます。
演劇の本質
一
近代演劇の運動は一面から見て、過去一世紀に亙る芸術運動の後を遥かに追つて来た観があります。
そして今日、演劇は――少くとも芸術的演劇は、明かにその進むべき道を示されてゐる。われわれはもはや、演劇の本質について何等論議を戦はす余地はないのであります。
音、形、運動、色、光、これらの要素を以て絵画ならざるもの、音楽ならざるもの、彫刻ならざるもの、建築ならざるもの、舞踊ならざるもの、文学ならざるもの、さういふものを創り出す芸術家を仮に舞台芸術家といふ名で呼びませう。そしてその舞台芸術家は、恐らくそれぞれの理論と趣味と才能とに基いて、絵画に近きもの、音楽に近きもの、彫刻に近きもの、建築に近きもの、舞踊に近きもの、扨ては、文学に……近きものを創造することが出来るでありませう。或
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