ゐた自分、眠つてゐた自分をまざまざと生きた姿に於て発見するといふことである。芸術的陶酔とともに自己浄化、自己反省の機会がここにある。演劇の教化力はかかる意味に於て考へられなければならないのである。
 諷刺が侮辱となるのは、作家の精神に不純なものが混入してゐる時であるか、すべての諷刺を侮辱と解するのは、観るものの精神が幼稚であるか、脆弱な証拠である。為政者は如何なる場合にもかかる精神の厳然たる批判者でなければならぬと思ふ。
 演劇の主題が直接に政治的、思想的傾向を帯びて来たのは、ヨーロッパに於ては十八世紀のいはゆる啓蒙時代を迎へてからである。
 ドイツに於ては、クライスト、シルラア、ゲーテの出現によつて真に国民的なる演劇の根柢が築かれたが、フランスにあつては、社会思想的に劇作家としてこの時代を代表するものはボオマルシェ一人である。しかも、彼は、「フィガロの結婚」の一作によつて、革命の先駆をなしたとさへ云はれる。新興階級の意気と情熱と溌剌たる叡智とを示すこの諷刺喜劇は、作者が王女の音楽教師である関係によつて、王自らの手で公演前の検閲が行はれた。不穏当を理由として却下されること四度、修正には
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