、俳優は下賤なる職業なりとの印象を強く世間に与へたこと。いはゆる「河原乞食」または「河原者」として社会より蔑視されるやうに仕向けたとさへ云へるのである。これは同時に、日本演劇の品位を下落せしめ、低俗な娯楽物の域に止まらせたことにもなる。
 第三に、演劇が本来もつ歴史及び時事に関する啓蒙の役割をまつたく放棄し、徒らに事件の興味を追ふ筋本位のものとなつたこと。即ち、現在の人名を使用することを禁じたのはまだよいとして、歴史的意義をもつ社会の出来事を絶対に脚色させなかつたことは、例へば赤穂義士の事件を足利時代としたり、家康を北条時政としたりして、民衆がある程度これを推知するに委せはしたが、勢ひ実感に訴へる力が弱められ、演劇はそれだけ架空の物語といふ印象を与へるに過ぎないやうになつた。
 階級制度が社会秩序を維持した時代とは云へ、国民の大多数たる庶民階級の好尚が、かかる政治の下に如何に方向づけられ、如何に伸び育つであらう。幸にしてわが民族の恵まれたる資質は、如何なる条件の下に於ても、営々として美の創造を怠らず、今日、世界演劇を通じて最も驚異とするに足る舞台の一形式を完成したのであるが、かかる形式
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