たのである。これが今日、面倒な問題を惹起するただ一つの原因ではないかと思ふ。
 なぜなら、明治三十二年頃の日本語には、或は、他に適当な訳語がなかつたかもしれぬが、現在の日本語では、この場合 artistique を「芸術ノ」と訳するのは、ほとんど常識になつてゐるからである。従つて、この条文を「文芸学術若ハ芸術ノ範囲」とするか、或は寧ろ、「文学科学若ハ芸術ノ範囲」とすれば、美術(音楽ヲ含ム以下コレニ同ジ)などといちいちしなくても、「芸術」なら、誰が考へても、美術は固より、音楽も含めば演劇も含み、その他一切の進化途上にある美的創造物を含み得るわけであつて、条文の解釈上、原則的な疑義を生じる恐れはまづないと思ふ。
 法律文の誤訳指摘をしてゐるやうで、いささか気がさすが、実はこんな単純な「見落し」を、却つて専門の法律家なるが故に発見し得ず、そのために個々の問題の適用に当り、法の精神を逸して、条文解釈上の昏迷を来たしてゐるのだとしたら、一日も早く字句の改正をして欲しい。或はまた「芸術」といふ言葉に対する不安、つまり「語義」乃至「語感」の不徹底が、この改正を躊躇させるのであるとしたら、それこそ、帝
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