ノ日に進むからでもなく、また当局の立法技術に欠陥があるからだともいへない。これはわれわれ日本人の文化的教養が、その質と範囲に於いて、各種の社会部門を通じ、極端に分裂し、対立し、食ひ違つてゐるからだと思ふ。
 例へば、同じ知識階級の中でも、職業や専門が違ふと、一般生活事象に対する認識批判はもちろん、日常用語のなかに含まれる「言語的感覚」に至るまで、しばしば不思議なくらゐ疎通を欠いてゐるのである。その根本理由は、過渡期の目前主義を反映する国民教育と政治的理想の変則的状態に存するとみるより外なく、ここにもまた、日本現代文明の傾向が暴露されてゐるのだと思ふ。
 この点についてはいづれ別の機会に詳しく論じたいと思ふが、今試みに、わが著作権法の種本たるベルヌ条約の第一条から、以上問題となつた「文芸学術若ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物」といふ文句に相当する原文を拾つてみると、これは、疑ひもなく「〔oeuvres litte'raires〕, scientifiques et artistiques」であつて、この最後の artistiques なるフランス語を翻訳する際、これに「美術の」といふ日本語を当て
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