はない。
たゞ恐ろしいのは、あるものをないと思ひこむこと、ないのではないかと疑うことで、そういふ気持が働いて買物に列をつくることにもなるが、これが人心の不安となつて拡がつたならば、その結果はまことに憂ふべきものである。
買物に列をつくるのを止めようといつても、誰かゞひとより先によいものをとらうとしたり、誰かゞ、自分だけ不自由な思ひを少くしようとする気持があれば、列を作ることは止まない。列を作ることを止めるのには、物が円滑に行渡るといふことといつしよにみんなが、自分だけ少しでも不自由を避けやうとする、自分本位の考へ方を止めなければならない。それとともに、また一方には、列をつくらないでも間に合ふやうな、やり方を考へてゆくことが必要である。
二
ある小さな八百屋の経験によると、店に二十貫の品物がはいつた日には列をつくるといふことがないが、十九貫しかはいらない日には列をつくるといふ。その開きはほんの僅かであるが、その日の入荷が、そのほんの僅かでも多いといふ感じが、人の気持に与へるものは非常にちがふ。誰もが不自由を忍んでゐるときに、その忍んでゐる不自由の程度から、ほんの僅
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング