、かまはん、遠慮せんでいゝ。それで力いつぱいか。もうちつと痛くはできんか。
三木 こゝぢやいけませんか。
卯一郎 痛い。なにをする。
三木 (驚いて手を引込める)
卯一郎 (力なく)はゝゝゝ、痛くつてなによりだ。おれはな、お前ぐらゐの年に、何処で何をしてたと思ふ?
三木 (首をかしげ、知りませんといふ顔をする)
卯一郎 知らんだらう。人の畑から野菜を盗んぢや、町へ売りに行つたもんだ。昔だぞ、それや。今だつたらそんなことはせん。町には、優しいお神さんが二人ゐた。一人は物持ちのお神さんで、野菜を残らず買つた上に、これはお駄賃だと云つて、二銭玉をくれたもんだ。もう一人は、貧乏人のお神さんで、大根を一本、たゞおいてけと云つて、その代り、熱い甘酒《あまざけ》を出してくれた。おれは今でも、その二人の顔を、はつきり覚えてる。おれのお袋は、おれが生れると間もなく、何処かへ姿をかくしたといふんだが、この二人のお神さんは、云はゞ、おれのお袋だ。お前は、おつ母《か》さんの乳を飲んだことを覚えてるか。
小僧 (笑ひながら)へえ。
卯一郎 赤ん坊みたいな声を出すな。(間)眠くなつた。気が遠くなる
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