へも広めた完全無欠といふ品物ぢやないか。お前がそんなことを云ふと、第一、人聞きもよくない。「滑らず、破れず、外れず」この三大特長を備へた炊事手袋といふものは、今のところ外にないんだぜ。だからこそ、瀬沼商会からは、五万円で権利を買はうとまで云ひ出して来てる。売らんよ、それくらゐの金ぢや……。ぢつとしてても、毎年一万八千円以上の売上げがある。原料が知つての通り安く手にはひるから、利益はざつと六割といふぼろさ加減だ。今時の商売人で、二万六千といふ現金を銀行に遊ばせておくなんざ、夢のやうな話だぜ。あゝ、苦しい。心臓が止《とま》りさうだ。済まないが、そうつと、さすつてみてくれ。
とま子  (右手を毛布の下に差し込み)この辺ですか。あらいやだ、汗をかいてらつしやるわ。
卯一郎  暑いからぢやない。もつと軽く……。ねえ、おれはどうも、あのお医者、信用できんよ。ざつと見たぐらゐで、なんでもないなんて云ふのは、無責任|極《きは》まる話さ。心臓だけは、もうちつとしつかりした医者に見せておきたい。
とま子  あんたのやうにお医者ばかり替へても、却つて為めにならないわ。体質つてもんは、同じ患者を普段手がけてな
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