奥さんには、もう何度も云つた筈だが、お前はまだ来たてで、教はつてなけれや仕方がない。早く下へ降りてくれ。奥さんはなにしてる?
きぬ  お洗濯をなすつてらつしやいます。
卯一郎  なに? 奥さんが洗濯? よろしい。それは後にして、大急ぎで来るやうに云つてくれ。(女中去る)おや、腰の痛みは大分《だいぶ》退《ひ》いたぞ。だが、心臓の方は、相変らず面白くない。ドキドキ……ドキ……ドキドキ……ドキ……ドキドキドキ。たしかに面白くない。

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妻のとま子が現はれる。
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とま子  おやすみになつてたんぢやないの?
卯一郎  兎に角、今は、この通り眼をさまして、お前の来るのを待つてるんだ。病気の時だけは、もうちつと傍《そば》についててくれ。洗濯なんか自分でしなくつてもいゝぢやないか。それに、手袋ははめたかい。(妻の手を握つてみる)
とま子  さうおつしやるけど、あの炊事手袋つて、どうしてもあたし、使ふ気になれないんですもの……。
卯一郎  ほかの品物ならわざわざ使ふ必要はないさ。おれが新案を取つて、あれだけ世間
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