卯一郎 平生はさうだ。だらしがなくなるからさ。御飯ていふもんは、間で食べる方が余計食べられるなんて、馬鹿な量見をもつてる奴がゐるからだ。
とま子 (むくむくと起き上り、そつと箪笥をあけて着物を出しはじめる)
卯一郎 熱もないのに、顔がほてるのは、どういふわけだらう。奥さん、家庭医学辞典はどこへ置いた。
とま子 (着物を着ながら)そこの枕もとにあるでせう。
卯一郎 (枕下から辞典を取上げて頁を繰る)心臓……心臓と……心臓麻痺……心臓弁……弁……はどこだ……。ふむ、これは違ふ……。ぢや、神経で引いてみよう……神……神……。
とま子 (その間に着物を着終り、化粧を手早く直す)
卯一郎 神経性……なんだ……はゝあ……。いや、これでもない……。
とま子 (化粧をすますと、ハンドバッグを取上げ、ショールを肩にひつかけて、部屋を出る)
卯一郎 充血のところかな。充血……充……。ふん、なるほど……。顔面紅潮を呈し……か。時に……鼻孔内の……(ハンケチで鼻をかんでみる)……出血を伴はないからして、先づ、これも疑問だ。おい、奥さん、お前のお父《と》つつあんは、たしか脳溢血で死んだんだね
前へ
次へ
全44ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング