も云ふのか。今になつて、そんなことを云ふなよ。(寝台から降り部屋の中を歩く)おれだけが二つづつ年を取つてくわけぢやない。今まで、一緒に外を歩いて、笑ふやつが一人でもゐたか。
とま子 父娘《おやこ》だと思ふから笑はないのよ。
卯一郎 さうかも知れん。さう思ふやつにはさう思はせておけ。事実は雄弁だ。この通り、おれは、一個の夫として、妻たるお前の利害を論じてゐるんだ。悪いこと云はないから、もう起きろ。起きて晩飯の支度でもしろ。どうも、足がふらふらする。今朝から何も腹へいれてないせゐだ。あゝ、物を云ふと、眼が眩《くら》むぜ。(寝台に腰をおろす)人間のからだといふのは微妙なもんだ。精がない時は、寝転ぶやうに出来てる。(また寝台にもぐり込む)これがあべこべだつたら不都合に違ひない。
とま子 用がない時は静かにしてて頂戴。お夕飯は六時ときまつてるでせう。
卯一郎 きめたのはおれだ。ぢや、昼食を食はせろ。
とま子 お昼はとつくに済みましたよ。あなたが勝手にあがらなかつたんぢやありませんか。
卯一郎 だから、今食ふと云つてる。
とま子 時間以外の食事は厳禁といふきまりぢやなかつたんですか。
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