一郎  出来ませんな。
津幡  出来ないなら、おんなじことです。医者といふのは名だけです。病人の気やすめです。そのことで、面白い話があるんです。
卯一郎  ちよつと、失礼ですが、隣りの部屋に家内もやすんでゐるんですが、さつきから頭痛がするとか寒気《さむけ》がするとか云つてるやうです。ひとつ、お序《ついで》にどうか……。
津幡  あ、こちらですか。(隣室にはひり、とま子の寝てゐる傍に坐る)気分が悪《わる》いですか。
とま子  はあ、とても……。
津幡  (脈をみながら)嘔気《はきけ》なんかは……?
とま子  はあ、少し……。
津幡  ありますね。頭痛は、この辺ですか。
とま子  えゝ、そこと、この辺もずつと……。
津幡  ほかに変りはありませんね、舌を出してみて下さい。はい、結構。(聴診器をあてる)大きく呼吸《いき》をして……。よろしい。さうですね、たしかに何処か悪いやうです。しかし、私にも何処といふことははつきり云へません。ことによると、このまゝ直つてしまふかも知れません。お腹《なか》が空《す》いたら、何でも上つてみてごらんなさい。御主人も同様です。(卯一郎の方へ帰つて来て)さう、面白
前へ 次へ
全44ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング