です。子供は駄目でした。怒りましてね、親が……。二時間待つたといふんです。ところで、私に云はせると、二時間前に、もう、絶望状態であつたことは確かなんです。早く行つても間に合はなかつたわけです。手おくれは親の罪で、私の罪ではない。しかし、そこはデリケートなところで、もう一つ、こんな例があります。私が診《み》てゐた女の患者ですが、もう六十五といふ年です。赤痢の疑ひで、たうとう菌がでないうちに、衰弱してしまひましてね。もう見込がない。そこで、無駄と知りながら、最後の食塩注射をして、身寄のものを呼ぶなら呼べと云つて帰りましたが、それがどうです。翌日からめきめきよくなつて、今でもぴんぴんしてます。
卯一郎 さういふのは、どういふんでせう。
津幡 寿命といふんでせう。その二つの実例から、私は、医者といふ商売がいやになりました。どんな病人でも、自分が責任を持つ以上、昼夜附きつきりでなければ、完全な治療を尽すといふわけに行かないんですからな。いつ時でも人|委《まか》せには出来ない。肺病なんかだと、二年間は、その患者と寝起きを倶にする必要がある――といふのが私の意見です。そんなことが出来ますか。
卯
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