ころをひとつ考へてくれ。今だつて、お前の出方ひとつで、おれは註文を取りに出かける支度をしてみせるぜ。どうせお前が止《と》めると思へばだ。来たぞ、医者が来たらしい。どれ、あゝ、苦しい、さつきよりまだ苦しい。だんだん苦しくなる。

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女中が医師津幡直を案内してはひつて来る。
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津幡  どんな工合ですか。
卯一郎  心臓がどうも……変なんですが……。
津幡  胃の方は……?(脈を取る)
卯一郎  あ、あの方は、その後ずつとよろしいやうです。二三日前から、神経痛が起つて寝てゐたんですが、昨夜《ゆうべ》から急に心臓が……。
津幡  以前に、さういふことは一度もなかつたですね。
卯一郎  ありません。心臓だけはしつかりしてるつもりでした。
津幡  拝見しませう。(聴診器をあてる)

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隣室で、微かに呻き声が聞える。勿論、妻のとま子である。
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津幡  (診察を終り)なんでもありませんね。
卯一郎  さうでせうか。

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