に、おれがどうもない時は、世にも稀れなる女房振りをみせてくれるぢやないか。さつきも云ひかけたことだが、四十幾つかになつて、はじめて貰つた若い細君を、さうはやばやと未亡人にできるかい。おれが病気を怖《こは》がる理由は、たゞそれだけだ。おれは、よく云ふやうに、二十《はたち》の年に国を飛び出して、南洋の島から島を渡り歩いた。真珠採りになつて海の底へもぐつたり、ゴム林の中で土人と一緒に寝起きしたりしてゐた頃は、病気なんて実際、屁とも思はなかつた。それが、日本へ帰つて、偶然思ひついた仕事が、案外うまく行くし、こはごは持つた女房が、これまた大当りと来たもんだから、おれは、やたらに生命《いのち》が惜しくなつた。聴いてるかい、奥さん。そこで、お前が、おれを大事にし序《ついで》に、病気の時は、病人らしく扱つてくれさへしたら、却つて、おれは、なに糞といふ気になるんだ。痛いでせうと云はれゝば、多少痛いところも我慢をする。苦しくはないかと訊《き》かれゝば苦しいなんてことも、三度云ふところを一度にするんだ。寝てゐろと云はれゝば、つい起きてみたくもなるし、医者を呼ぼうと云へば、いや大丈夫だと云ひたくなる。そこのと
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